歴史を纏う楽器と、人生をかけた探求
コントラバス奏者・遠藤柊一郎氏が語る、1800年代のフランス製楽器との対話、そして音楽を通して見えてくる「自分自身」の姿。
1800年代フランス製コントラバス——歴史を刻んだ楽器の姿
遠藤氏が奏でる楽器は、1800年代のフランスで生まれたアンティークです。傷や黒ずみを帯びたその外観は、遠藤氏自身の言葉を借りれば「アンティーク家具のような風合い」。単なる道具ではなく、時代の記憶を纏った存在として、舞台の上に静かに佇みます。
圧倒的なサイズ感
エンドピンを立てると全高2メートル、本体だけでも1メートル20センチ。奏者の身体をしのぐほどの存在感が、コントラバスを唯一無二の楽器たらしめています。
アンティークの風合い
傷や経年による黒ずみは欠点ではなく、歴史の証。百年以上の時を経た楽器が持つ独特の佇まいは、新品の楽器には決して宿らない深みを持っています。
苦労の先にある美しさ
中学で始めた当初、太い弦に指が悲鳴を上げ「何が面白いんだ」と感じた日々。それでも弾き続けた先に、やめられないほどの魅力が待っていました。
56年の歩み——探求心とは、命を見つめること
遠藤氏の言葉
何かを見つけ、それを追求し、探求し続けること——それは10年続くかもしれないし、人生そのものになるかもしれない。
56歳になるまでコントラバスを弾き続けてきた遠藤氏にとって、探求心とは単なる技術の研鑽ではありません。「自分を見つめ、命を見つめる」という深い哲学に根ざした営みです。
探求心が意味するもの
遠藤氏は学生たちに、自分自身の「やりたいこと」を見つけ、それを探求し続けることの素晴らしさを自らの経験を通して語りかけます。それは短い情熱かもしれないし、人生そのものになるかけがえのない問いかもしれない。
大切なのは、出会った「何か」を手放さないこと。継続の先にしか見えない景色が、必ずあると遠藤氏は信じています。
音のない時間にも宿る音楽——「偶然性」と「禅」の思想
遠藤氏の探求心は、音を奏でることだけにとどまりません。ジョン・ケージの伝説的な作品「4分33秒」に象徴される「偶然性の音楽」や、東洋哲学の根幹をなす禅の思想にも深く傾倒し、沈黙の中にある音楽性、環境音が生み出す偶発的な美しさへの洞察を深め続けています。
4分33秒の問い
ジョン・ケージが提示した「演奏されない音楽」。その4分33秒の沈黙の中に観客が聴くのは、ホールの空気、息遣い、偶然の物音——音のない時間が最も雄弁に語ることもあります。
禅と音楽の交差点
「無」の概念は禅の核心です。余白を恐れず、沈黙を音楽として受け入れる姿勢。遠藤氏はその精神を演奏表現に取り込み、音と無音が織りなす世界を探求しています。
坂本龍一の「ピュア」な表現
遠藤氏が坂本龍一氏のピアノを「ピュア」と評する眼差しに、彼の美学が凝縮されています。技術的な巧みさを超えた、本質だけが残る純粋な表現——それこそが遠藤氏が追い求めるものです。
次の世代へ——「探求する喜び」を伝える
遠藤柊一郎氏が学生たちに伝えたいのは、特定の技術でも知識でもありません。自分自身の中に「やりたいこと」を見つけ、それを探求し続けることの豊かさです。
1
「何か」と出会うこと
中学生のころに偶然手にしたコントラバスが、遠藤氏の人生を形作りました。どんな小さな出会いも、探求の種になり得ます。
2
やめずに続けること
苦しい時期を越えた先に、やめられない面白さが待っている。継続こそが、探求の最も大切な燃料です。
3
人生そのものにすること
10年でも、一生でも——探求心を持って何かを追い求める時間は、かけがえのない宝になります。遠藤氏はその生き方を、自らの56年で証明し続けています。

遠藤氏の言葉は、音楽を学ぶ学生だけでなく、何かを探し求めるすべての人へのメッセージでもあります。